第92話 「宮島弥山・大聖院登山道復旧(5)」

写真1 明治の町石・十八丁
仁王門(跡)前の十字路で一休み。明治の町石18丁です(写真1)。ここにはベンチや案内板もあります。少しむかし、10数年前はこの辺りは、モミ・カヤやスギなどの鬱蒼とした原生林に覆われていました。霊気が漂うなかで仁王門の二体の力士像が睨みをきかせ、山岳宗教の「結界」を感じる所でした。
しかし、この辺りはこの10年来なぜか台風の通り道となり、仁王門は二度にわたって破壊され、大木もつぎつぎとなぎ倒されました。今では逆に見通しが良くなり一休みしながら眺望も楽しめるところとなっています、枯木も目立ちます(写真2)。なお、仁王門にあった二体の力士像は弥山本堂内に置かれています。
ここ仁王門から弥山頂上にかけては町石が次々と見られ、またその数字順が乱れています。長年の災害と復旧の歴史を語っています。

写真2 仁王門付近の眺望 (枯木が目立つ)

写真3 三鬼を祀る三鬼堂
明治の21丁、ここでまた一休みです。弥山本堂や三鬼堂など山岳信仰の中心堂宇が今も賑わっています(写真3)。これらの堂宇や山頂の奇岩怪石巡りは、昔から「宮参り」と呼ばれていました。その順路の中に「弥山の七不思議」といわれているものがあり、樹木に関するものが三つもあります。この辺りの植物相が、モミ・カヤの密林をはじめとして(写真4)、豊かであったことの証左でしょうか。

写真4 台風で痛めつけられた山頂のモミ・カヤの樹林

写真5 「龍燈の杉」のものと伝えられる根株
そのひとつは、「龍燈の杉」と呼ばれる大杉です。今は枯れてありませんが、その切り株の一部が霊火堂に奉納されています。また、山頂にその根株と伝えられるものがあります(写真5)。
ふたつめは、「錫杖の梅」です。むかし、弘法大師がたてかけられた錫杖が根付き、梅の大木になったと伝えられているものです。この数年来、樹勢が衰え枯れ死寸前でしたが、ボランティアや樹木医の懸命な手当で元気を取戻しつつあります。これは、この春に咲いた花です(写真6)。

写真6 元気を取り戻しつつある「錫杖の梅」

写真7 「時雨桜」があった三鬼堂前の石段
三つめは、「時雨桜」です。晴れた日でも風になびけば、通り雨が過ぎたように樹の下の地面が露で濡れるという不思議なしだれ桜です。三鬼堂前の石段の際にありましたが(写真7)、昭和中期頃に枯れたそうです。1975年(昭和50年)頃まではその根株が残っていました。いまは、そのあとに灯篭が立てられています。
関係者が、この不思議なしだれ桜「時雨桜」を復活させようと夢を持ち、同じような桜がないかと全国調査して、今治市の満願寺に樹齢200年の天然記念物「志ぐれ桜」があることを見つけました。
そして、この度満願寺のご好意により「志ぐれ桜」の接木苗を譲り受け、弥山ふもと大聖院境内に植樹しました(写真8、9)。来年には、不思議なしだれ桜「時雨桜」が見られることと思います。
なお、当初計画していた「時雨桜」が元もと生えていた山頂付近への植樹は、天然記念物法などで、他地域からの植物持込・移植が原則禁止されているため、実現しませんでした。夢の中の夢のない話です。
(また、これも夢のない話ですが、この不思議な桜の露のからくりは、植物学的には理路整然と説明されています)

写真8 植樹された「時雨桜」の苗木

写真9 雪の日の大聖院境内で植樹式
