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第93話 「宮島弥山・大聖院登山道復旧(6)」

写真1 三鬼堂の天狗顔
写真1 三鬼堂の天狗顔

霊験あらたかな三鬼神が祀られ(写真1)、また日本国中の天狗の神通力が集められているという三鬼堂をあとにすると最後の急坂です。頂上24丁まであと3丁。

この辺りは大木の切り株が目立ちます(写真2)。

そしてツガ天然林の大きな説明板が目につきますが、ツガやモミ・カヤはそれほど見当たりません。1991年(平成3年)の台風19号で天然林の多くはなぎ倒されました。

ここからすぐに、知恵を司る文殊菩薩が祀られた文殊堂、苦悩を除く観世音菩薩を祀る観音堂です。

写真2 大木ツガの切り株
写真2 大木ツガの切り株

堂前に今も崩れかかっている谷があります(写真3)。ここは、1945年(昭和20年)の枕崎台風で発生した紅葉谷川の土石流の起点といわれています。この土石流の復旧工事として紅葉谷川には15の砂防ダムが設けられています。

すこし進むと左手に、平清盛亡き後、平家の総領となった平宗盛が寄進し、重要文化財に指定されている梵鐘が吊り下げられていた鐘堂がありましたが(写真4)、これも台風で倒潰してしまいました。この梵鐘は弥山本堂に収められています。

写真3 枕崎台風の土石流起点
写真3 枕崎台風の土石流起点
写真4 鐘堂跡の礎石
写真4 鐘堂跡の礎石
写真5 ずり動いた不動岩
写真5 ずり動いた不動岩

行く手に不動岩といわれる大岩が見えてきます(写真5)。

この岩の下に商売繁盛の神様として崇められる毘沙門堂がありましたが、これも台風で全壊しました。今は小さな祠が祀られています。さらにこの大岩も2001年(平成13年)の芸予地震で一部崩壊し、またずり動いています。

いよいよ頂上です。町石「二十四丁(1916年(大正5年)皇太子殿下御展望跡)」(写真6)と「二等三角点」標高530mが登山者を迎えてくれます。

写真6 頂上町石24丁
写真6 頂上町石24丁
写真7 神様の鎮座石(磐座石)
写真7 神様の鎮座石(磐座石)

山頂には一段とそそり立つ岩があります。昔から神様が御鎮座されている岩・磐座石として崇められています(写真7)。

しかし、1941年(昭和16年)第二次世界大戦時には、この磐座石に穴を穿ち、鉄筋を埋め込んだ(写真8)軍の監視台が組み立てられました。

さらに終戦後は、この監視台はそのまま1955年(昭和30年)まで、宮島の伝説とはあまり相応しくない、神の鎮座岩を踏みつける観光用展望台として開放されていました。

写真8 鉄筋埋め込みの痕
写真8 鉄筋埋め込みの痕

また最近は、「山、高きが故に尊からず」とはいいながら、どなたの知恵かよく分かりませんが、弥山の標高は5m嵩上げされて、磐座石頂部の535mが呼称されています。
そして4月には、頂上広場に桜花が満開します。なぜかソメイヨシノです(写真9)。

こうして見てくると、弥山山頂は度々自然災害に見まわれながら、またその一方で人間の業をいろいろと見てきたことが分かります。

写真9 山頂の桜
写真9 山頂の桜

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