第96話「宮島・廻れば七里七浦(2)」
秦の始皇帝は中国を始めて統一しました。
それでも征服欲は飽き足らず、さらに不老不死の薬を求めて、はるか東海にあるという蓬莱島へ徐福を遣わしました。しかし、徐福は皇帝の前に二度と現れることはありませんでした。
その蓬莱島が宮島の北端・聖崎のすぐ沖にあります(写真1)。いわゆる徐福伝説の地です。

写真1 宮島の北端・聖崎(左)と蓬莱島(中央)

写真2 宮島の南端・革籠崎から青海苔浦までは岩崖海岸
宮島を船で廻っていると、乗り合わせた方から、あるいは宮島の街中でも、宮島海岸を1周する道路がありますかとよく尋ねられます。これには、「残念ながら、そして幸いにも周回道路はありません」とお答えしています。
宮島の南半分には海岸沿いの道はありません。どうしても周回したければ、生い茂ったシダの山道と、潮汐の干満をよく調べた上での磯歩きとなります。最南端の革籠崎から青海苔浦までは(写真2)肝を冷やしながらの岩崖のカニ歩きです。
宮島の北部でも海岸道路が一部内陸に寄っています。
宮島の北端・聖崎へは海岸道路から山道へ入り、藪こぎしながら崖を下り、干潮を待って磯へ出ます。

写真3 海に浮かぶ蓬莱島

写真4 陸につながった蓬莱島
先日、この聖崎と蓬莱島(写真3)の海岸を探勝してきました。
聖崎と蓬莱島は平時は潮で隔てられていますが、大潮の干潮時には陸続きとなります(写真4)。伝説の貴重な薬草や薬材があったかも知れない蓬莱島、その謂れのありそうな潮風に耐えてきた老松や海浜植物、潮に洗われたミネラル分を含む岩肌に触れることができます。

写真5 生きものの宝庫・聖崎浜
足元の磯や砂浜には(写真5)イソギンチャクやアメフラシなどいろいろの生きものが見られます。この辺りの特産の赤ナマコも沢山いました。オオヘビガイ、カメノテ・・などの水質評価の指標生物も。
岬を廻ると、遠浅の砂浜に今ではほんとに見かけなくなった海草のアマモがゆらりゆらりと揺られていました(写真6)。

写真6 海のオアシス・アマモの群落

写真7 宮島にある4つの三角点の一つ
ここまで降りてくる人は少ないようです。おかげさまで、丸ごと残されている自然海岸を堪能することが出来ました。海辺の自然観察の宝庫です。でもここへ来るにはくれぐれも安全への細心の注意が必要です。
なお、聖崎には日本有数の低い三角点・標高19.6m(写真7)があり、その崖下の磯には岬から落下したと思われる「昭和15年陸軍輸送区域・・」と記した石標(写真8)が波に洗われていました。
ここが軍都広島、呉の要害の地であったことを偲ばせます。

写真8 波に洗われる旧陸軍石標
